ヒアルロン酸を用いた皺の治療経験
著者:征矢野 進一・菅原 康志
公開日: 2000年9月25日 日本美容外科学会会報
本論文の要旨は第42回日本形成外科学会総会(1999年4月21日、於博多)、および日本美容外科学会第77回学術集会(2000年1月29日、於東京)にて発表した。
はじめに
ヒアルロン酸は、N-アセチルグルコサミンとβ-グルクロン酸の2分子の結合を一つの単位としてグルコシド結合を繰り返しているグルコサミノグリカンの高分子である。コラーゲンと同様に生体の皮膚や関節液に存在する物質で、これを用いて皺を治療することができるとされている。
方法と対象
今回使用したのは、スウェーデンのQ-med社の Restylane® という重合ヒアルロン酸の製品で、分子量が5〜600万、濃度が2%のものである。他にアメリカ Biomatrix 社の Hylaform® が販売されている。これは、分子量は Restylane® より高いが濃度が0.6%のものである。
治療対象となったのは、コラーゲンの皮内テスト陽性を示した症例、コラーゲンでは効果が弱く他の注入剤を希望していた症例、コラーゲンと本ヒアルロン酸剤の比較を希望した症例などであり、そのうち男性2例、女性3例を今回報告する。
皮内テストは、ヒアルロン酸注入剤では不要であったが、コラーゲンの皮内テストの際に同時に皮内注射を行い、その反応を4週間以上観察した。ただし1例のみヒアルロン酸のテストは実施しなかった。
治療施行前にコラーゲン注入と同様の手順により局所洗顔、消毒、患部確認のマークを施行し、さらに添付の30ゲージの針を用いて患者に注入した。注入直後は軽度圧迫にて止血を行い、アイロクシン眼軟膏を塗布した。およそ2週間後にその効果や副作用を調べるため診察した。
結果
症例1:39歳、男性
前腕皮内にコラーゲン製剤のZyderm®とAtelocollagen®とRestylane®をテスト注射した(Fig. 2)。2週間後に皮内テストを観察したところ、Zyderm®は白く膨らんでいた。Restylane®は無反応で軽度隆起が認められた。Atelocollagen®はほとんど無反応が見られなかった(Fig. 3)。
- Fig. 2 コラーゲンとヒアルロン酸の皮内テスト(Z=Zyderm、H=Restylane、K=Atelocollagen)。注射直後。
- Fig. 3 皮内テスト2週間後(Z=Zyderm、H=Restylane、K=Atelocollagen)。陰性反応。
前額部中央の一番目立つ皺に対して左にZyderm®、右にRestylane®を注入した(Fig. 4, 5)。注入2週間後には皺は目立たなくなったが、Restylane®の注入部位に若干凹凸が認められた(Fig. 6)。なおこの症例は、患部の皺に対してコラーゲンとヒアルロン酸のどちらがより有効かを本人の希望によりテストしてみたいとの申し出により実施した。
- Fig. 4 前額部のしわ。治療前。
- Fig. 5 治療直後。注射部位に小さな針跡が見られる(H=Restylane、Z=Zyderm)。
- Fig. 6 前額部のしわ。治療2週間後(効果はあるが、Restylane®注入部位に小さな結節が認められる)。
症例2:50歳、男性
3年前よりZyplast®を用いて眉間の皺に対して治療を行っていたが、効果が十分でなく、本人が別の注入剤を希望したためRestylane®を注入した(Fig. 7, 8)。注入治療実施後2週間の時点で、写真比較の結果判定によりZyplast®より効果が認められた。
- Fig. 7 深い眉間のしわ。治療前。
- Fig. 8 眉間の皺。治療2週間後。非常に効果的。
症例3:65歳、女性
5年前に前額部にZyderm®の注入を受けたが、その後アレルギーで4日後赤みが出現した。再度Zyderm®とAtelocollagen®の皮内テストを左前腕に実施したところ、2日後に発赤と腫脹が発現したためさらに1週間後に再度右前腕にZyderm®, Atelocollagen®, Restylane®の3剤を皮内テストした。しかし、コラーゲン製剤であるZyderm®とAtelocollagen®はやはり発赤、腫脹が認められた。Restylane®は隆起のみで発赤は認められなかった(Fig. 9)。
眉間と鼻唇溝にRestylane®を注入した。注入3週間後の診察において、眉間の皺は完全に消失したが、若干隆起が認められた(Fig. 10, 11)。また鼻唇溝はわずかに赤味があるが、皺は消失して平坦な状態になった(Fig. 12, 13)。
- Fig. 9 皮膚テスト。左腕:2週間後。右腕:4日後。
- Fig. 10 眉間のしわ。治療前。
- Fig. 11 眉間のしわ。治療3週間後。やや過修正。
- Fig. 12 鼻唇溝のしわ。治療前。
- Fig. 13 鼻唇溝のしわ。治療3週間後。良好な結果。顕著な皺が消失。
症例4:39歳、女性
目尻や下眼瞼の皺の治療を希望してZyderm®とAtelocollagen®の皮内テストを実施した。しかし17日後に発赤、腫脹が認められた(Fig. 14)。そのため再度Zyderm®、Atelocollagen®、Restylane®の皮内テストを実施して、6か月経過観察したが、やはりZyderm®とAtelocollagen®は陽性反応を示した。そのうえで目尻と下眼瞼にRestylane®を少量注入した(Fig. 15, 16)。注入5週間後では目尻や下眼瞼の皺が減少したが、微妙な凹凸が残り照明の方向によっては目立った(Fig. 17)。
- Fig. 14 コラーゲン皮膚注入の皮膚テスト。陽性反応。
- Fig. 15 下眼瞼のしわ。治療前。
- Fig. 16 下眼瞼しわ。治療前しわにマークをつけた状態。
- Fig. 17 下眼瞼のしわ。治療5週間後。治療部位に小さな結節が認められる。
症例5:50歳、女性
目尻と鼻唇溝の皺の治療を希望して来院。右前腕部にZyderm®とAtelocollagen®を皮内テストしたが、3日後より発赤、腫脹が発現した。再度Zyderm®とAtelocollagen®を皮内テストしたが、2日で同様の陽性反応を示した(Fig. 18)。この際にはRestylane®の皮内テストは実施しなかった。まず鼻唇溝で効果をみるため、鼻唇溝の皺に沿ってRestylane®を注入した。9日後にはわずかに赤みがあったが、皺に効果があったため更に少量のRestylane®を追加した(Fig. 19, 20)。しかしその4日後に鼻唇溝の注入部位が赤くなってきた。追加から16日後には赤みと腫脹が認められた(Fig. 21)。目尻の皺の治療は行わなかった。
- Fig. 18 コラーゲンの皮膚テスト。陽性反応。
- Fig. 19 鼻唇溝のしわ。治療前。
- Fig. 20 鼻唇溝のしわ。治療9日後。注射部位に局所的な軽度の紅斑。
- Fig. 21 鼻唇溝しわ。治療25日後。注射部位に発赤と浮腫が著明。
考察
ヒアルロン酸は分子式で表されるグルコサミノグリカンであり、細胞や、各種動物の関節液や眼球内のガラス体などの組織に分布している。臨床応用はPruettらにより眼科的手術に1970年代に開始された。また変形性膝関節症に対する関節機能改善薬として1987年に科研製薬よりArtz®が承認された。その後各種の関節注入用ヒアルロン酸治療薬が承認されている。
今回使用したRestylane®は1996年に初めて臨床応用が開始され、その臨床報告がされている。 今回の著者の経験した症例により、ヒアルロン酸の注入はコラーゲン治療と同様に効果があるとの感触を得たが、使い方に注意を要した。
Q-med社のRestylane®は動物材料を用いず、細菌による合成で製造されている。コラーゲン(Zyderm®やAtelocollagen®など)のウシの皮膚から製造されているため、異種蛋白による免疫反応を起こすことがあるが、今回使用したヒアルロン酸はそのような心配はないとのことである。
ヒアルロン酸は本来皮内テストが不要であるとされ、コラーゲンの皮内反応陽性患者に用いることのできる注入材料であるとされる。
また注入後に組織内でヒアルロン酸の分子間に水分子を多数取り込む性質があるため、経過とともにヒアルロン酸が分解していっても、急速な体積の減少は少ない。そのため注入による効果も、コラーゲンでは不足していた。陥没を持ち上げる力が強いため、深い皺などに効果的であると思われる。しかし目尻や下眼瞼などの皮膚の薄い部位への注入は、患部の凹凸を生じることがあった。眉間や鼻唇溝など皮膚の厚い部分の注入をまず試しに行い、その反応をみてからほかの部位の注入を考えるべきと思われる。
またコラーゲンのような長期にわたる発赤、膨張などがないが、時に注入後2週くらいで発赤や腫脹を生じることもあり、その使用には慎重さが必要と思われる。例えば、皮膚の厚い部分への注入を先に行うか、あるいはコラーゲンの皮内テストと同じテストを行って経過観察を行うなどである。
まとめ
Restylane®(ヒアルロン酸注入剤)を用いて皺の治療を行った。コラーゲンの皮内反応に陽性を示す患者やコラーゲンでは効果の弱い患者に対して有効な材料であった。しかし、皮膚の薄い部位に対しては慎重に治療を行う必要がある。まれにコラーゲンの皮内テストに陰性であってもRestylane®注入後に遅発性に発赤、腫脹を起こすことがあった。
文献
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